Seminar|セミナー
現在、日本社会では一体どのようなことが問題となっているのか、
そしてそのための解決策としては何が考えられるのか。
セミナーでは各界の第一線で活躍する論客たちをゲストに招いて、
参加者のみなさんとともにアクチュアルな問題を考察します。
参加者の声
 「何よりも少人数で落ち着いた雰囲気がとてもよかったです。総じて、セミナーの方向性が「アクチュアルな問題をいかに考えるか」という点で一貫していたので、私はとても好感がもてました。」
 「社会人になると本を読む暇も無くなってしまい、久しぶりに知的刺激を頂いた感じです。
今を時めく著名人とカフェの距離感で話すことが出来るのはとても貴重な体験だと思います。」
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林香里「脱マスメディア時代?―「パブリックな知」を「パブリックに」共有することの難しさ」(聞き手:芹沢一也 司会:荻上チキ)2008.08.23 日時 2008年8月23日(土) 15時〜17時
場所 Synodos 〒154-0003 東京都世田谷区野沢2-3-1-101
(最寄り駅 東急田園都市線 駒沢大学駅 JR渋谷駅)
定員 募集中 8名 費用 7,500円
セミナー概要
 かつて、「パブリックな知」を社会に提供することは、マスメディアの任務だった。しかし、いまはどうだろうか。
私たちの社会が複雑化し、細分化し、しかもグローバル化していく過程において、マスメディアという、基本的に国民国家を単位とした一情報媒体にどこまで希望がもてるだろうか。私たちの多くは、これまで幾度となくマスメディアの行状に失望したり怒りを覚えたりしてきたが、それをふまえた上で、やはりまだ社会におけるマスメディアの役割が残っているとすれば、それは何なのだろう。
 また、マスメディアという媒体や産業が衰退するからと言って、ジャーナリズムという営為までが霧散してしまうことにはならないはずだ。そこで、ブログやSNSなどネットのツールを使った「みんなのメディア」を公共的知のリソースとして活用するときの利点と限界についても話し合いたい。
 以上の問いへの答えは簡単には出ないが、論点を公共圏理論や民主主義理論などとともに整理しながら考えていきたい。
林香里(はやし・かおり) 1963年名古屋市生まれ。ロイター通信東京支局記者、東京大学社会情報研究所助手、ドイツ、バンベルク大学客員研究員を経て、現在東京大学大学院情報学環准教授。専門はジャーナリズム/マスメディア研究。主要著書・論文に『マスメディアの周縁 ジャーナリズムの核心』新曜社、2002年。「『冬ソナにハマった私たち』文春新書、2005年。「「公共性」から「連帯」へ― 労働としての「メディア」と「ジャーナリズム」を考える」『世界』7月号、2007年、54-65頁。「マスメディア・ジャーナリズムを支配する「最大多数の最大幸福」の最大不幸: 職業倫理の検討とその刷新の可能性」 『論座』7月号、2008年、26-31頁。主要翻訳書:N. ルーマン著『マスメディアのリアリティ』木鐸社、2005年 (Realit?t der Massenmedien. Westdeutscher Verlag, 1996)がある。
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高田里惠子「文系知識人の受難――それはいつから始まったか」(聞き手:芹沢一也 司会:荻上チキ)2008.09.07 日時 2008年9月7日(日) 17時〜19時
場所 Synodos 〒154-0003 東京都世田谷区野沢2-3-1-101
(最寄り駅 東急田園都市線 駒沢大学駅 JR渋谷駅)
定員 募集中 8名 費用 7,500円
セミナー概要
 わたしは思想系・社会科学系の学者でも、社会批判に関わる具体的活動をしている者でもありません。「シノドス」にはふさわしくない人間です。ただ、芹沢さんが(写真で拝見したかぎりでそう思うのですが)ハンサムなのと、チキさんが(元?)「ナンパ師」であったと聞いて、ついフラフラとお誘いにのってしまいました。
という話は、もちろんウソです。芹沢さんに、ひょっとしてわたしの発表は「シノドス」のような試みがいかに無効であるか、というテーマになるかもしれませんよ、と言ったところ、ハンサムなばかりでなく、(メール交換したかぎりでそう思うのですが)心優しいマゾヒストでいらっしゃる芹沢さんが、そういう話こそ求めていたのです、とおっしゃった(ような気がした)ので、そういう話をするために大阪からやって来ます。
芹沢さんやチキさん、あるいは「思想地図」関連の方々の、深い問題意識に基づいた行動力は、一般「大衆」には届きませんし、知的「大衆」には嫉妬されます(と、とりあえず決め付けておきます)。なぜ、そうなるのか。この日本的な反知性主義の長いながい歴史を、さまざまな具体例を挙げながら見ていきたいと思っています。
文系知識人(と呼ばれる者)が「大衆」から遊離していることが問題になるのではありません。それは西欧近代にもあてはまります。カフェにおける公共圏なぞ、教養ブルジョアという恵まれた者にだけ開かれていた、というより、閉鎖的特権空間だからこそ成立していたのです。
むしろ見ていきたいのは、日本では「大衆」が文系知識人を、自分たちから遠い存在とは思わず、自分たちと同じなのに妙にいばっている者として憎悪していることです。この現象には、近代日本特有の学校制度(そして、かつては徴兵制度)が絡んでいると思われます。このような視点から話を進めていく予定です。
高田里惠子(たかだ・りえこ) 1958年神奈川県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科(ドイツ文学専攻)単位取得満期退学。著書に『文学部をめぐる病い――教養主義・ナチス・旧制高校』(松籟社、2001)(ちくま文庫、2006)、『グロテスクな教養』(ちくま新書、2005)、『学歴・階級・軍隊――高学歴兵士たちの憂鬱な日常』(中公新書、2008)、『男の子のための軍隊学習のススメ』(ちくまプリマー新書、2008)がある。
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25.林香里「脱マスメディア時代?―「パブリックな知」を「パブリックに」共有することの難しさ」
    聞き手:芹沢一也 司会:荻上チキ 8月23日(土)15時〜17時
26.高田里惠子「文系知識人の受難――それはいつから始まったか」
    聞き手:芹沢一也 司会:荻上チキ 9月7日(日)17時〜19時
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