大谷能生インタビュー
「学問・批評・感性―大谷能生のフランス革命」(聞き手:荻上チキ)

  • 「α-Synodos vol.3」

――『大谷能生のフランス革命』、非常にユーモラスな作り方がされていて、刺激的でした。

大谷:一年間のイベントをまとめた本なので、一回一回のつながりはもともとなかったんですね。参加していただいたゲストの方も互いにはほとんど知らないままで、僕しか接点が無い。そして僕も、何か問題意識があってこの方々に声をかけさせていただいたというよりは、とにかく彼らがやってきた、いまやっていることはどんなものなのかということを聞きたかった。「徹子の部屋」みたいなものです(笑)。ただ、それを一冊の本にするには、また違った一つの視点が必要になるんじゃないかなあと思って、そこでイベントに来てくれていた門松(宏明)さんに、一年間の出来事を追っていく文章を書いてもらったんですね。何かあらかじめ達成するべき目的を持ってはじめたイベントじゃなくて、例えていえば、歩きながら出会った人とどんどん話していく。本にするときも、なるべくそのまんまで、そこであった事を事後的に組み立てて、何かの体系を得たり、何かの結論を引き出すような作業はしてません。

――マッピングではない、と。

大谷:マッピングというのは、過去の出来事を見直して、または、異なっていると思われていることを新たに結び付けて、そこから力を得るためにはとても重要な作業になるけれども、けれど、「現在のこと」について、目の前で動いているあるものに向き合っているときには、マッピングという作業は考えられない。そんな余裕はありませんね。この本の位置づけは、あとで誰かがやってくれれば嬉しいけど。

――ゲストの方の話を読むと、メディアとして残されない、通常は消えてしまう「瞬間」とどのように向き合うか、各々の個性的な姿勢が伺えるようになっています。大谷さんは、その試みをこうしてメディアで残すことについて、いかがお考えでしょうか?

大谷:僕個人は、消えるものは消えちゃって構わないと思っている。僕自身は、現場でごちゃごちゃやってることは、その場で終わりで、特に残らなくてもいい、本人が残そうと思わなくていいと考えている。イベントの最中では、前回富永君とこんなことを喋ってるからばるぼら君とはこういうことを喋ろう、と考えると、スピードが落ちちゃうからダメで、ばるぼら君がいて、彼が目の前にいるから何かを話すという時、普通はその話を「残す」ということについては考えないようにしている。でも、本にすると決まった時点で、あらためて、メディアというものがあいだに挟まる訳なので、そこでその質は考えます。活字に変えて出すということは、長期間それが手に取られ、再現されていくということだから、その場にいなかった人に、その場にない物を並べて見せるということは強く意識させられました。

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