運動の時代と思想の不在(芹沢一也)
そして、最後にひとつ。ロスジェネ問題のなかで、象徴的な意味を与えられた丸山真男。総動員体制が敗戦によって挫折した戦後、丸山は真の総動員体制、すなわち国民主義としてのナショナリズムを打ち立てようとした。そのときに丸山が呼び出そうとしたのは、福沢諭吉から陸羯南にいたる「健全な」ナショナリズムの伝統だった。
そうした丸山が嫌悪したのが明治30年代、すなわち自分探しの世代であったのだ。国家を支える国民を創造しようとしていた丸山にとって、自分探しの世代は「近代的な個人主義と異なった、非政治的な個人主義、政治的なものから逃避する、或は国家的なものから逃避する個人主義」、つまりは「『頽廃』を内に蔵したような個人主義」にすぎなかったからだ。
68年的なものを受け継ぐロスジェネ世代の運動に、丸山真男が敵の表象として呼び出されたのも、いわば必然的なことだったのかもしれない。いずれにしても、19世紀的な国民主義によって20世紀的な問題を隠蔽した丸山よりも、いま重要なのはデラシネの思想家、橋川文三である。そして、現在、橋川文三の最良の読み手が中島岳志さんであることは間違いない。中島さんのセミナーを楽しんでいただきたい。