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2008年7月 ARCHIVES

2008年7月16日

セミナー#23 山下範久(聞き手:芹沢一也 司会:荻上チキ)「グラスのなかの〈帝国〉」

日時 2008年7月27日(日) 18時~20時

講師 山下範久(聞き手:芹沢一也 司会:荻上チキ)

タイトル 「グラスのなかの〈帝国〉」

セミナー概要
 グローバルに飲まれているお酒、ワイン。人類史的な長いスパンでワインの普及をみたとき、ガリアにワインをもたらしたのはローマ帝国でした。新世界にワインをもたらしたのはヨーロッパの植民地帝国でした。ワインの拡大の背後には、帝国が介在していたのです。今日の進行しているワインのグローバル化の背景にも、やはり帝国が介在しています。しかし、その帝国の作用は、ワインのなかにどのように現れているのでしょうか。あるいはむしろ逆にワインを通して、その帝国を見たとき、私たちが生きているグローバル化の先に、いったいどのような世界が見通せるのでしょうか。今回のセミナーでは、ネグリ/ハートの『〈帝国〉』を補助線に、テクスト/フィールドとしてのワインを読み解いてみたいと思います。

山下範久(やました・のりひさ) 1971年生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。1995‐97年、米国ニューヨーク州立大学ビンガムトン校(ビンガムトン大学)社会学部大学院にてイマニュエル・ウォーラーステインに師事。北海道大学大学院文学研究科助教授。専門は、世界システム論、歴史社会学。著書に「帝国論」(講談社選書メチエ)、「世界システム論で読む日本」(講談社選書メチエ)。訳書に「イマニュエル ウォーラーステイン 脱商品化の時代―アメリカン・パワーの衰退と来るべき世界」(藤原書店)、「イマニュエル ウォーラーステイン 入門・世界システム分析」(藤原書店)、「アンドレ・グンダー フランク リオリエント―アジア時代のグローバル・エコノミー」(藤原書店)などがある。

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セミナー#24 信田さよ子(聞き手:芹沢一也 司会:荻上チキ)「家族内暴力の臨床-加害・被害と世代間伝達」

日時 2008年8月17日(日) 15時~17時

講師 信田さよ子(聞き手:芹沢一也 司会:荻上チキ)

タイトル 「家族内暴力の臨床-加害・被害と世代間伝達」」

セミナー概要
 カウンセラーというと、たいてい「心の問題」を扱うのであり、現状補完的・再適応促進的機能を果たす職業と思われがちである。私は70年代からアルコール依存症の臨床にかかわり、その後アディクション一般、さらには背後の家族への介入、暴力の加害・被害へと対象を拡大してきた。日本では、アディクションは精神科医療においてマージナルな対象であり、まして臨床心理学においてはほとんど扱われないといっていい。アメリカが例外なのは、プラグマティズムの伝統と、マイケル・ムーア監督「シッコ」で描かれているように、国民皆保険が撤廃されていることと無関係ではない。95年以来開業カウンセリング機関を経営しているが、まず本セミナーでは精神科医療とわれわれの実践との区別を知っていただきたいと思う。さらに、近年のDVや虐待防止の流れがどのようにカウンセリングの現場に影響を与えているかについてもお伝えしたい。
 現在、私はDV被害者、虐待被害者、DV加害者を対象としたグループカウンセリングを実施しているが、そこで展開するものは「心」の変化ではない。中心的課題は「責任」であり、「正義」であり、家族(夫婦・親子)観である。そして家族の関係を規定しているものは、まぎれもない権力であり、それは腕力よりも言説の支配によって表現される。また子ども(といっても成人である)の暴力に日夜怯えている両親は、どのように対応したらいいのかを苦慮している。そこで必要とされるのは、「心」のケアや生易しい「理解」でもなく、北朝鮮をめぐる六カ国協議にも似た戦略なのである。親子関係の諸問題は、確実に次世代の問題と重なることはいうまでもないだろう。このような日々の臨床活動が私の仕事である。個別具体的な家族の臨床現場と、社会歴史的変動とがどのように切り結ぶのかを当日の参加者の皆様といっしょに探っていきたい。

信田さよ子(のぶた・さよこ) 1946年生まれ。お茶の水女子大学哲学科卒業後、同大学大学院修了(児童学専攻)
駒木野病院勤務などを経て95年に原宿カウンセリングセンター設立、所長として現在に至る。2003年度、内閣府男女共同参画推進課「配偶者からの暴力の加害者更生に関する調査研究会」ワーキングチームメンバー、2005年度法務省「性犯罪者処遇プログラム研究会」構成員、お茶の水女子大学非常勤講師などをつとめる。著書に「アダルト・チルドレンという物語」(文春文庫)「アディクションアプローチ」「DVと虐待」(ともに医学書院)、「愛しすぎる家族が壊れるとき」(岩波書店)「結婚帝国・女の岐れ道」(上野千鶴子との共著)「カウンセリングでなにができるか」(大月書店)「加害者は変われるか」(筑摩書房)「母が重くてたまらない・墓守娘の嘆き」(春秋社)などがある。

セミナー#25 林香里(聞き手:芹沢一也 司会:荻上チキ)「脱マスメディア時代?―「パブリックな知」を「パブリックに」共有することの難しさ」

日時 2008年8月23日(土) 15時~17時

講師 林香里(聞き手:芹沢一也 司会:荻上チキ)

タイトル 「脱マスメディア時代?―「パブリックな知」を「パブリックに」共有することの難しさ」

セミナー概要
 かつて、「パブリックな知」を社会に提供することは、マスメディアの任務だった。しかし、いまはどうだろうか。
 私たちの社会が複雑化し、細分化し、しかもグローバル化していく過程において、マスメディアという、基本的に国民国家を単位とした一情報媒体にどこまで希望がもてるだろうか。私たちの多くは、これまで幾度となくマスメディアの行状に失望したり怒りを覚えたりしてきたが、それをふまえた上で、やはりまだ社会におけるマスメディアの役割が残っているとすれば、それは何なのだろう。
 また、マスメディアという媒体や産業が衰退するからと言って、ジャーナリズムという営為までが霧散してしまうことにはならないはずだ。そこで、ブログやSNSなどネットのツールを使った「みんなのメディア」を公共的知のリソースとして活用するときの利点と限界についても話し合いたい。
 以上の問いへの答えは簡単には出ないが、論点を公共圏理論や民主主義理論などとともに整理しながら考えていきたい。

林香里(はやし・かおり) 1963年名古屋市生まれ。ロイター通信東京支局記者、東京大学社会情報研究所助手、ドイツ、バンベルク大学客員研究員を経て、現在東京大学大学院情報学環准教授。専門はジャーナリズム/マスメディア研究。主要著書・論文に『マスメディアの周縁 ジャーナリズムの核心』新曜社、2002年。「『冬ソナにハマった私たち』文春新書、2005年。「「公共性」から「連帯」へ― 労働としての「メディア」と「ジャーナリズム」を考える」『世界』7月号、2007年、54-65頁。「マスメディア・ジャーナリズムを支配する「最大多数の最大幸福」の最大不幸: 職業倫理の検討とその刷新の可能性」 『論座』7月号、2008年、26-31頁がある。主要翻訳書は、N. ルーマン著『マスメディアのリアリティ』木鐸社、2005年 (Realit?t der Massenmedien. Westdeutscher Verlag, 1996)。

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