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セミナー#17 高原基彰×芹沢一也「日本・韓国の相互認識とラディカリズム――韓国の進歩イデオロギーと日本のアジア観の事例から」

日時 2008年4月26日(土) 14時~16時

講師 高原基彰×芹沢一也

タイトル 「日本・韓国の相互認識とラディカリズム――韓国の進歩イデオロギーと日本のアジア観の事例から」

セミナー概要
 冷戦体制下の政治においては、「高度成長」に国の目標を設定し、その目標のために「市民参加」「民主主義」を一定程度抑圧することに妥当性がある、という前提があった。わたしはそれを「開発主義」と呼ぶ。この「開発主義」に対し、それぞれの国内で対抗する「ラディカリズム」が、政治勢力として存在していた。
 現在、両国で「保守化」と呼ばれている現象は、かつて存在したこの国内におけるラディカリズムへの異議申し立ての動きである。こうしたラディカリズムは、多くの場合、人文社会的知の内部で正統性を――「政治的公正さpolitical correctness」を――持つものとされてきた。「保守化」という言葉は、この「正統性」の揺らぎであり、だからこそ危機感を持たれている。
 開発主義とラディカリズム、過去の保守/革新の対立構図は、冷戦体制という歴史的文脈によってこそ形成されたものであり、その中であるべき国家像をめぐる論争でもあった。日韓双方における対外的な強硬派/穏健派という対立軸は、この論争と深く関係していた。
 しかし、九〇年代以来のグローバル化――「新自由主義化」と言っても良い――がもたらす「政治」のもとでは、こうした論争の背景をなしていた文脈が消失していく。ラディカリズムへの信頼が失われていった背景として、かつての保守/革新いずれにも吸収されない「不安感」が、あるべき国家像よりも、個人単位の経済状況をめぐる議論を、新しい政治的正統性の弁別基準として前面に押し出していったことがある。
 現在の所もっとも不透明な論点は、こうした「保守化」と、東アジアのいわゆる「ナショナリズムの相克」として問題になるような、国際政治学的な主題とがどう接続しているのか、誰にも分からないというものである。本レクチャーではこの点について、それぞれの国の「左右対立」の来歴と、それが「新自由主義化」へ転化していく経緯を分析することから考察を加えてみたい。

高原基彰(たかはら・もとあき) 1976年神奈川県生。日本学術振興会特別研究員。東京大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。日本・韓国・中国の開発体制の変容とグローバリゼーションにともなう社会変動を研究。著書に『不安型ナショナリズムの時代』(洋泉社新書y)、共著に『グローバリゼーションと文化変容』(世界思想社)、『若者の労働と生活世界』(大月書店)など。
オフィシャルブログ:高原基彰blog