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2007年09月 ARCHIVES

2007年09月05日

セミナー#07 廣瀬純×芹沢一也「自立的政治経済空間の構築」

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日時 2007年9月30日(日) 14時~17時

講師 廣瀬純×芹沢一也

タイトル 「自立的政治経済空間の構築」

わたしたちはいま、「政治の季節」の到来を目前にしている。だが来るべき政治的な出来事のなかにあって、わたしたち一人ひとりはいかにアクター=俳優として振る舞うことができるのか。わたしたちをオーディエンス=観客に押し込めようとする数多の力に、いかにして抗いうるのか。今回のセミナーでは「新たなジャーナリズム」を実践している廣瀬純氏をお招きして、南米の政治空間における運動=闘争の経験から〈変革のレッスン〉を学ぶ。

セミナー概要
この夏、メキシコ・チアパスに行ってきた。言うまでもなく、その地で展開されているサパティスタ運動の現状をよりよく知るためだ。サパティスタの人々と実際に触れ合うことで何よりもまず驚いたことは、自律性を創造し維持しようとする彼らの意志の強さである。資本制経済システムの外で、同時にまた、代表制政治システムの外で、自律的な生活空間を創り出すこと、そしてまた、そうした空間を維持し続けること。彼らが「mal gobierno」(悪い政府、悪い統治)と呼ぶ州政府や連邦政府による暴力的かつ執拗な様々な介入の企て(いわゆる「低強度戦争」)に抗して、サパティスタの人々は絶えず新たな自律性構築技術を開発しつつ「日常生活の前衛」とでも呼び得るような闘争を力強く展開し続けている。自律的な生活空間を創造し維持しようとする闘争、すなわちクリエイティヴに生きることそのものを通じた闘争、あるいはさらに言えば「生きること=創造すること」そのものとしての闘争は、アルゼンチンやボリビアなど、他のラテンアメリカ諸国にも見られるものだ。日本に暮らすぼくたちは、ラテンアメリカにおけるそうした「生-闘争(bio-lucha)」から何を学ぶことができるのか。いかにしてネオリベラル的逆境を闘争の条件へと反転させることができるのか。ネオリベラル右派が「前衛」の旗を振りかざすなか、そしてまた、左派諸政党が「社会的なもの」の復権を求める「保守」でしかないなか、いかにしてぼくたちは真の「前衛」であり続けることができるのか。今回のセミナーでは、そうしたことを参加者のみなさんと一緒に考えてみたい。

廣瀬純(ひろせ・じゅん) 1971年生まれ。龍谷大学経営学部専任講師。専門は映画論。仏・映画批評誌「Vertigo」を主たる媒体として映画論を発表しつつ、ヨーロッパ・ラテンアメリカにおける運動・闘争を日本語環境に紹介する仕事を行っている。著書に『美味しい料理の哲学』(河出書房新社)、『闘争の最小回路』(人文書院)ほか。

2007年09月13日

セミナー#08 五十嵐太郎×芹沢一也「建築から社会を考える」

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日時 2007年10月7日(日) 14時~17時

講師 五十嵐太郎×芹沢一也

タイトル 「建築から社会を考える」

現在、たとえば公園のベンチには仕切りがつけられている。いうまでもなく野宿者が横たわるのを防ぐためだ。そしてその背後には、異質な存在を生活空間から排除しようというセキュリティの意志がある。公園のベンチの仕切り、こうした極小の仕掛けのうちにも社会の意志が宿っているのだ。今回のセミナーは「建築と社会」との関係について、建築批評家の五十嵐太郎氏をお招きして話を伺う。建築を通してみえてくる、現在の社会の姿とはいかなるものなのだろうか。

セミナー概要
気がつくと、建築から社会のことを考えてきた。今にして思えば、始まりは東大駒場寮の強烈な空間体験だったのかもしれない。その後、卒業設計で原子力発電所のプロジェクトを構想し、オウム真理教のサリン事件をきっかけに、新宗教の建築・都市研究を博士論文としてまとめた。外からサティアンを評論するのではなく、できるだけ共同体の内側から建築の誕生する場を想像するためである。もちろん、ミッシェル・フーコーの影響も大きい。『ビルディングタイプの解剖学』(王国社)では、彼の仕事をほかの施設でトレースし、宗教建築もそのひとつとして考えた。共同体と共同体が接触する場において発生する戦争。『戦争と建築』(晶文社)では、こうしたトピックに焦点をあてた。そこからのスピン・オフとなる『過防備都市』(中央公論新社)では、共同体の内部を引き裂く無数の切断線に興味を抱き、セキュリティがもたらす空間の変容を論じている。耐震偽装の事件を受けてまとめた『見えない震災』(みすず書房)も、同じ問題意識を共有したものだ。『美しい都市・醜い都市』(中央公論新社)は、国家が「美」を語ることの気持ち悪さを論じながら、自分のなかの建築的な欲望に気づかされた著作である。セミナーでは、最新刊の『「結婚式教会」の誕生』(春秋社)まで、建築と社会の関係をめぐって、これまでの思考の軌跡を振りかえろうと思う。


五十嵐太郎(いがらし・たろう) 1967年、パリ(フランス)生まれ。建築史・建築批評家。東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。現在、東北大学准教授。著書に『終わりの建築/始まりの建築』(INAX出版)、『近代の神々と建築』(廣済堂出版)、『戦争と建築』(晶文社)、『現代建築のパースペクティブ』(光文社)、『美しい都市・醜い都市―現代景観論』(中公新書ラクレ)、『現代建築に関する16章』(講談社現代新書)、『新編新宗教と巨大建築』(筑摩書房)、『「結婚式教会」の誕生』(春秋社)ほか多数。現在の主な仕事として、日本建築学会『建築雑誌』編集長、連載「ゼロ年代の建築・都市」「考える建築」「アーキネマ」などがある。
オフィシャルウェブサイト:五十嵐太郎「Twisted Column」