セミナー#04 萱野稔人×芹沢一也「フーコー権力論と現代社会」

日時 2007年7月7日(土) 14時~17時
講師 萱野稔人×芹沢一也
タイトル 「フーコー権力論と現代社会」
かつてフーコーはニーチェについてこう述べた。「私なら自分で気に入った人間だったら、それを利用しますね。ニーチェの打ち出したような思想に敬意を表する唯一のやり方は、それを利用し、それをねじ曲げてキーキーいわせることですよ。」今回のセミナーは国家や権力をめぐる「原理的」な考察によって、いまもっとも注目を集めている政治哲学者、萱野稔人氏をお招きする。新しく読み解かれるフーコー権力論は、それを利用し「キーキーいわせる」ための不可欠な作業となるはずである。
セミナー概要
フーコーの権力論は、人文・社会系アカデミズムの世界ではすでにおなじみのものとなっている。いまでは「フーコー以降」ということすら言われるほどだ。しかし、フーコーの権力論は本当に過去のものとなりつつあるのだろうか。そもそも「フーコー以降」ということが展望されるほど、フーコーの権力論はまともに理解されているのだろうか。たとえばフーコーが『監獄の誕生』で提示した規律権力の概念は、ほとんどの場合、従順でかつ生産的な身体をつくるための実践としてしか理解されていない。しかし『監獄の誕生』でフーコーが示そうとしたのは、規律権力の徹底的な装置であるはずの監獄が、じつはそのようなものとしては機能していない、ということだった。ではこのとき、規律権力はどのようなものとして理解されるべきだろうか。ドゥルーズはフーコーの仕事に触れながら、現代社会における権力の主要なモードが規律から管理へと移行しつつあると述べている。もし規律権力がたんに従順で生産的な身体をつくる実践としてのみ理解されるものではないのなら、規律社会から管理社会への移行もまた、よりひろい枠組みのもとでとらえなおされなくてはならないだろう。フーコー権力論を読みながら、現代社会をとらえるための理論的な切り口をあらためて探っていくことが、このセミナーの目的である。
萱野稔人(かやの・としひと) 1970年生まれ。パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。哲学博士。現在、津田塾大学国際関係学科准教授。哲学・思想の研究を土台に、国家論、権力論、現代社会論を展開する。著書に『国家とはなにか』(以文社、2005年)、『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社、2006年)、『権力の読みかた』(青土社、2007年)など。

