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2007年05月 ARCHIVES

2007年05月07日

セミナー#03 本田由紀×芹沢一也「〈若者〉をめぐる現在」

日時 2007年6月2日(土) 14時~17時

講師 本田由紀×芹沢一也

タイトル 「〈若者〉をめぐる現在」

格差社会やネットカフェ難民などといった言葉がメディアを騒がしている。日本社会に急速に広がりつつある貧困、あるいは確実性と安定を失っていく未来、その渦中にあって時代に翻弄されているのは若者たちである。今回のセミナーはニート問題や雇用問題におけるアクチュアルな発言で、広く注目を集めている教育社会学者の本田由紀氏をお招きする。現在、若者たちをめぐって一体どのような事態が生じているのか、これまで若者をめぐって語られてきた言説(若者論)を踏まえて話し合ってみたい。

セミナー概要
冷戦構造の崩壊後、グローバル経済競争が苛烈化し、国家間の勢力地図も描き変わった。日本という国家も第二次大戦後、固有の履歴の中で獲得してきた経済的繁栄と国家的アイデンティティの揺らぎに直面している。そうした大きな構造変動の影響は、社会への新規参入者である若者にもっとも顕著に表れている。若者は従来、家族に支えられて学校教育を通過し、企業の雇用に支えられて新たな家族を形成するという循環の中で、いびつさをはらみながらも一定の安定的な「大人への移行」を遂げてきた。だがそれらの保障はいまや不確実化ないし格差化した。その結果、個々の若者が置かれることになった状況の差異は「人間力」の多寡という個人要因によって説明され、利用価値があるとみなされる場合は極限までエネルギーを動員され、ないとみなされる場合は厳しい排除がなされる。政府は公的な保障を補強する責任を回避したままで、学校と家族へのしめつけを媒介にした若者の管理と統制に際限なく傾斜しつつある。こうした状況に抗い、若者が自らの尊厳と自由を守るすべはあるのか。このような現状認識と必要かつ可能な戦略について考えたい。

本田由紀(ほんだ・ゆき)  1964年徳島県生まれ。東京大学大学院教育学研究科准教授。若年労働市場や教育意識に関する実証研究を専門とし、「ニート」「人間力」「家庭教育」などの概念に批判的検討を加えている。著書に『若者の労働と生活世界』(編著、大月書店、2007年5月)、『「ニート」って言うな!』(光文社、2006年)、『多元化する「能力」と日本社会 ―ハイパー・メリトクラシー化のなかで』(NTT出版、2005年、大佛次郎論壇賞奨励賞受賞)などがある。

2007年05月12日

雨宮処凛『生きさせろ!』書評

第二次世界大戦後、1960年代後半にかけて、西側の先進産業諸国では経済的な黄金期を迎える。ヨーロッパとアメリカでは完全雇用が達成され、人びとの暮らしが日々、豊かになっていくという時代が到来した。だがこの「豊かな社会」はふたつの出来事によって侵食されていく。カウンターカルチャー運動が68年に文化的な革命を起こす。個人主義と多様性が広がり、家族や労働、国家、さらには「豊かさ」自体にさえ、疑いの目が向けられるようになる。そして73年に世界を襲ったオイルショックが戦後の長期好景気に終止符を打つ。趣味嗜好の多様化と経済活動のダウンサイジングによって、生産様式がポストフォーディズムへと転換するなか雇用は流動化し、また手厚い社会保障が長引く不況の原因だと新自由主義が攻撃を開始した。後期近代の原風景だ。周知の通り、日本ではこの間、「業績=福祉共同体」としての会社主義の論理を純化することで不況を乗り越えた。そして80年代、日本型雇用を核とした総中流社会が成立する。それは日本的なポストモダンと消費生活が展開された高度消費社会であった。そこでいずれもが掛金としたのが「若者」だった。浅田彰のスキゾ・ギッズ。あるいはリクルートが広めたフリーター。団塊の企業戦士などとは異なって、自由に労働し趣味的な消費を行なう若者たち。しかしながらバブル経済が崩壊し、10年遅れの新自由主義改革が進められるなか、日本型雇用も総中流社会も崩壊し、フリーターからは「新しい自由な働き方」というイメージが消失する。フリーターたちは正社員の雇用を守るバッファとされて、企業の論理によって低い賃金で酷使される。社会からは夢や消費に己の人生を費やした愚か者だと蔑まれる。すべては自己責任の名のもとに。雨宮処凛が闘争を開始するのはこの地点においてである。「我々は反撃を開始する。若者を低賃金で使い捨て、それによって利益を上げながら若者をバッシングするすべての者に対して」。闘いのテーマはただひとつ、「生存」だ。かつて豊かな社会に退屈し、労働に生の喜びを取り戻そうとした時代から、われわれは何と後退してしまったことなのか。だが『生きさせろ!』には最低限の生存の要求とともに、そしてそのための実践的な方途の提示とともに、新しい生き方、新しい働き方への希求がある。『生きさせろ!』は68年革命の正当な嫡子だ。いまだ社会的な規範であることをやめない学校と企業から、〈生きること〉を解放するための闘争の書なのだ。

2007年05月16日

セミナー#02終了 雨宮処凛「ネオリベラル社会を生き抜くために」

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参加いただいた方からの感想です。

「社会人になると本を読む暇も無くなってしまい、久しぶりに知的刺激を頂いた感じです。今を時めく著名人とカフェの距離感で話すことが出来るのはとても貴重な体験だと思います。」
「社会学は全くの門外漢なのですが、社会問題についての様々な意見が話し言葉(論文口調ではなくて)で聞けて、理解が進みました。少人数制で堅苦しくない雰囲気のお蔭だと思います。」
「何よりも少人数で落ち着いた雰囲気がとてもよかったです。
総じて、セミナーの方向性が「アクチュアルな問題をいかに考えるか」という点で一貫していたので、私はとても好感がもてました。」
「点で存在していた事象が線で結ばれ「ああ、そういうことだったんですね!」なんて妙に納得出来たりして、また違う立場からの時代分析なんかもとても興味あるものでした。
現代事象を身の回の損得でしか判断できなくなっている自分に気づかされ、将来にわたって幸せでいたい私はシノドスで現代から未来へを考えていきたい。」
「個人だけでは捉えきれず、言語化できなかった「現在」を考えるための手がかりを、セミナーを通して実感できた。これをもとに身辺の問題に役立てたいと思う。」
「戦後初の東京大学総長をつとめた南原繁にこんな伝説がある。講義の最中、下を向いてひたすらノートを取っていた学生に対して、南原は、顔を上げてこちらを見よ、ノートを取るより、私のGeistに触れよ、と言った。SynodosはまさにGeistに触れる空間である。参加する者もただ受け身ではいられなくなるはずだ。」